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ジャコモ・カリッシミ生誕400年記念コンサート
皆様、こんにちは!ソプラノの小池智子です。

来る7月22日におけるジャコモ・カリッシミ生誕400年記念コンサートの開催にあたり、お手伝いいただく音楽事務所アルケミスタの武田さんのご協力の元、このプログを開設する事になりました。

主人(テノール・櫻田亮)とのイタリア・ボローニャでの生活も早7年が経ち、我々のイタリアでの音楽活動を通じて、多くの素晴らしいイタリア人演奏家、またイタリア・バロック音楽の作曲家の作品に出会いました。

日本でも最近古楽がかなり普及してきたとは言え、レパートリーの多さからするとイタリア・バロック音楽が演奏される機会は世界的にもまだまだ少ないのが現状です。当時は近隣諸国からこぞって多くの音楽家がイタリアに勉強に来、またイタリア人音楽家が外国に出てイタリア音楽を広め、イタリアこそが当時の音楽の中心地であったにもかかわらず。。。

そこで、私と主人は「これらの素晴らしいイタリア・バロック音楽の作品や演奏家をもっと日本に紹介したい。そして、日本人の演奏家にも聴衆の皆様にもこれらに触れる機会を増やしたい。」と願い、様々なコンサートを企画しようと考えました。がしかし、あまりにも多い作品数。どのような形でやるか考えた末、まずは生誕や没後の記念の年に当たる作曲家を取り上げようと、2003年12月にはフランチェスコ・カヴァッリ生誕400年記念として、彼の代表的な宗教曲のコンサートを開催しました。

そして、今年2005年は、オラーツィオ・ヴェッキの没後400年、パオロ・クァリアーティ生誕450年、ジャコモ・カリッシミ生誕400年、フランチェスコ・ドゥランティ没後250年などに当たります。
その中で今年は、オラトリオの重要な作曲家であるジャコモ・カリッシミの宗教曲を取り上げ、イタリアで知り合った素晴らしい演奏家の一人であり、カリッシミ研究家であるジャンルーカ・カプアーノ氏を指揮に招聘する事となりました。

カプアーノ氏は、私たち夫婦が尊敬し信頼する音楽家の一人であり、大切な友人でもあります。そして日本人の共演者も、イタリアでバロック音楽を中心に活動し、我々同様日本でのイタリア・バロック音楽の普及を強く願う仲間達と日本の古楽界で活躍する仲間達です。

私たちの「Carissimi amici カリッシミ アミーチ( 親愛なる仲間達)」(カリッシミとは日本語で「親愛なる者達」の意)とお送りするカリッシミ生誕400年記念コンサート、ご期待下さい。

          ♪     ♪     ♪     ♪     ♪

このプログでは、カリッシミの生涯や作品、演奏曲目の解説、演奏者の紹介の他に、イタリア・バロック音楽界の私のお薦めの演奏家・作品・コンサート・CDなどもご紹介したいと思います。皆様のご意見・ご感想等もどしどしお寄せ下さい。

ちなみに、櫻田亮のプログも開設しました。そちらもぜひご覧下さいませ。
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by carissimi | 2005-02-20 00:23 | カリッシミ生誕400周年
Carissimi Amici(親愛なる仲間達)プロフィール
♪カンタータ編

小池 智子(ソプラノ)
東京芸術大学声楽科卒業、同大学院オペラ科修了。平野民子、平野忠彦の両氏に師事。
モーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」のドラベッラ、「フィガロの結婚」のマルチェッリーナ、モーツァルト「レクイエム」、ベートーヴェン「第九」等のアルト・ソロを歌う他、バッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーとして、数々のレコーディングや国内外のコンサートに参加。
1998年よりイタリアにて、古楽唱法をR.インヴェルニッツィ、イタリア・マドリガーレをR.ジーニ、またヨーロッパ各地の古楽講習会にて、G.バンディテッリ、 M.チャンス、M.フィゲーラスの各氏に師事。2001年よりソプラノに転向。
G.カプアーノ、S.バレストラッチ、B.ディッキー、O.ダントーネの各氏の指揮のもと、モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」、ヴィヴァルディ「グローリア」、「マニフィカート」、バッハ「マニフィカート」、マルティーニ「ラ・ディリンディーナ」、ガイアーニ「ドン・トラストゥッロ」等のソロをヨーロッパ各地で歌う。
2002年イタリア・ヴィニョーラ国際音楽コンクール古楽声楽部門入賞。ボローニャ在住。

櫻田 亮(さくらだ まこと)(テノール)
東京芸術大学声楽科卒業。同大学院修士課程修了。同大学院博士課程に学ぶ。1997年よりイタリアに留学。声楽を平野忠彦、R.ブルゾン、G.ファッブリーニ、W.マッテウッツィ、G.バンディテッリの各氏に師事。
W.サヴァリッシュ、T.コープマン、S.クイケン、F.ヘレヴェッヘ、O.ダントーネ、G.アントニーニ、A.マルコン、鈴木雅明等の各氏の指揮で、NHK交響楽団、読売交響楽団、サンタ・チェチーリア・オーケストラ、コレギウム・ヴォカーレ、ラ・プティット・バンド、アカデミア・ビザンティーナ、イル・ジャルディーノ・アルモーニコ、ヴェニス・バロック・オーケストラ、バッハ・コレギウム・ジャパン等と共演。
また、新国立劇場でのモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」や、ロッシーニ「ラ・チェネレントラ」、モーツァルト「後宮からの誘拐」、モンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」の他、2004年にはモンテヴェルディの生地クレモナにて「ウリッセの祖国への帰還」に出演。
第27回イタリア声楽コンコルソ・シエナ部門大賞受賞。2002年ブルージュ国際古楽コンクール第2位(声楽部門1位)受賞。二期会会員。1999年度文化庁派遣芸術家在外研修員。ボローニャ在住。http://cherryita.exblog.jp/

櫻田 亨(さくらだ とおる)リュート、テオルボ)
日本ギター専門学校、オランダのハーグ王立音楽院卒業。ギターを故高久慶三郎、リュートを佐藤豊彦の各氏に師事。滞欧中はオランダをはじめヨーロッパ各地でコンサート、CD録音に活躍。レパートリーに応じて各種リュート、テオルボ、アーリーギター等の多種の楽器を使い分け、ソリスト及び通奏低音奏者として活躍している。日本ギター専門学校非常勤講師。「ムジカ・エランテ」「ルストホッファース」メンバー。リュート&アーリーギターソサエティ・ジャパン、ジェネラルディレクター。「越谷バロックシリーズ」をプロデュース。

芝崎 久美子(チェンバロ)
国立音楽大学器楽学科及び桐朋学園大学古楽器科研究科を卒業。1989年第3回古楽コンクールで最高位に入賞、同時に栃木蔵の街音楽祭賞受賞。1991年より、オランダのアムステルダム・スウェーリンク音楽院に留学しチェンバロをG.レオンハルト氏に師事。2001年度文化庁派遣在外芸術研修員としてイタリアに派遣されミラノ、ベルガモで研鑚を積む。これまでにヨーロッパ各地の演奏会や国内の主要な古楽祭に数多く出演。1999年、2003年には古楽コンクールの審査員を務める。2001年にはソロCD「優しき嘆き」をリリース。通奏低音奏者としても、国内外の多くの演奏家と共演し、多彩な即興演奏による通奏低音は高く評価されている。

伊左治 道生(バロック・ヴァイオリン)
桐朋女子高等学校音楽科(共学)、桐朋学園大学演奏学科ヴァイオリン専攻卒業。2000年、東京芸術大学大学院古楽科バロック・ヴァイオリン専攻に入学。在学中に2年間の休学を申請し、デンハーグ王立音楽院、ミラノ市立音楽院などに在籍して研鑽を積む。帰国後復学し、2004年、東京芸術大学大学院古楽科修了。 現在、イタリア国立ノヴァーラ音楽院バロック・ヴァイオリン科に在籍。
モダン・バイオリンを宗倫安、小林健次、磯野順子、宗倫匡、バロック・ヴァイオリンを若松夏美、E.ガッティの各氏に師事。
渡欧中、イタリア古楽のグループ、「アッコルドーネ」、「アルコメーロ」等で演奏。
日本では、「レ・ボレアード」の一員として、バロック・オペラ「イポリートとアリシ」の上演に参加。また、所属グループの「ネーモ・コンチェルタート」においては1600年代からカンツォーネまでのイタリア音楽を世に広める運動に参加している。
2005年5月に「目白バ・ロック音楽祭」にてバロックバイオリン・リサイタルを開催。
ミラノ在住。

星野 麗(バロック・ヴァイオリン)
上野学園大学卒業。モダン・ヴァイオリンを扇谷瞳、佐藤良夫、大島晶子の各氏に師事。古楽奏法を故大橋敏成、バロック・ヴァイオリンを若松夏美、初期バロック音楽を濱田芳通の各氏に師事。
1998年よりミラノ市立音楽院古楽科に留学し、バロック・ヴァイオリンをE・ガッティ、O・チェントゥリオーニ、P・ヴァレッティ、アンサンブルをR・ジーニ、中世アンサンブルをP・メメルスドルフの各氏に師事し、2002年卒業。
帰国してからは、さまざまな古楽アンサンブル、オーケストラで活躍。2005年2月ソロリサイタルを行い好評を博す。「シンポシオン」、「なかなかや」メンバー。

♪オラトリオ編

長田 晶(ソプラノ)
広島県出身。エリザベト音楽大学声楽学科卒業後、同大学院修士課程を経て同大学院博士課程音楽学科声楽専攻満期終了。声楽を木原朋子、L.ベルタニョーリオ各氏に師事。大学院では、おもに近代イタリア歌曲の研究を行い、3回のリサイタルを開く。1997年よりイタリアに移住。数々のバロック音楽のコースに参加し、C.ミアテッロ女史、R.ジーニ氏、L.ギエルミ氏のもとで、1600-700年代イタリアバロック音楽の研鑚をつむ。ソリストとして、ヴェネツィア、パドヴァ、ミラノ、アーゾロのバロック音楽グループと数々の演奏活動を行う。2002年、ミラノのサン・マウリツィオ古楽祭、並びに、モデナのエステンセ古楽祭に参加。2004年には、ヴェネツィアのレーヴィ財団にて日本歌曲とバロック音楽のリサイタルを行う。最近はイタリアにおける日本歌曲のコンサート活動も各地で意欲的におこなっている。トリノ在住。

小池 智子(ソプラノ)
カンタータ編参照

穴澤 ゆう子(メゾ・ソプラノ)
東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院修士課程(オペラ科)修了。二期会オペラスタジオを優秀賞を得て修了。声楽を森晶彦、三林輝夫の両氏に師事。
「コシ・ファン・トゥッテ」ドラベッラ、「フィガロの結婚」マルチェッリーナ、「魔笛」侍女Ⅱ、「ディドとエネアス」ディド、「ヘンゼルとグレーテル」魔女、母親、「霊媒」ババ、「ばらの騎士」孤児、等のオペラ出演の他、コンサートにおいても、ベートーヴェン「第九」、モーツァルト「レクイエム」「戴冠ミサ」、ヘンデル「メサイア」、バッハ「ロ短調ミサ曲」「ヨハネ受難曲」「教会カンタータ」等数多くのアルト・ソロを務めている。
1990年〜2000年はバッハ・コレギウム・ジャパンに所属し、ソリスト、またアンサンブルの主要メンバーとして国内外でのコンサート、CD録音に参加。
2000年には文化庁派遣芸術家在外研修員として、オランダ・アムステルダムに留学。バロック期の歌唱法をペーター・コーイ、マックス・ファン・エグモント、ハワード・クルックの各氏に師事し研鑚を積む。
現在はフリーランサーとして、主に古楽系のコンサートを中心に活動している。

弥勒 忠史(アルト)
千葉大学卒業。同学大学院修了。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。
1999年よりイタリア政府奨学生として渡伊。フィレンツェの古楽協会メロム・ アルメモ主催オーディションにて優勝。ヴェローナ国立音楽院バロック音楽オー ディション合格。ボローニャ市立歌劇場、フェッラーラ市立歌劇場、イズミール歌劇場、アンカラ歌劇場等、イタリアおよびヨーロッパ、トルコなどのオペラ、リサイタル、音楽祭に出演。
舞台俳優、演出家としても活動。声楽を中村健、G.バンディテッリ、C.ミアテッロの各氏に、演出学をA.ピッキ氏に師事。
トロヴァトーリ・レヴァンティ主宰。バルダンツァ(フェッラーラ)創設会員。2001-2003イタリア国立G.フレスコバルディ音楽院バロック声楽講師。TactusよりソロCD発売中 (Clavicembalo:S.Rambaldi)。 フェラーラ在住。http://levanti.hp.infoseek.co.jp/

櫻田 亮(テノール)
カンタータ編参照

長尾 譲(テノール)
1998年東京音楽大学大学院を声楽で修了。2003年ミラノ市立音楽院古楽科バロック声楽にてディプロマ取得。声楽を東敦子、篠崎義昭、野村陽子、音楽学を金澤正剛各氏に、バロック声楽をC.ミアテッロ、C.アンセルメ両氏に師事。R.ジーニ氏の下では初期イタリアバロックのレパートリーの研鑚を積む。
G.カプアーノ氏が指揮を勤めるマドリガリスティ・アンブロジアーノでは、カリッシミ作曲「ヨナの物語」「武装した男」両作品のCD録音と演奏会に参加。ヴァチカン市国聖ペトロ大聖堂において、修道女イザベッラ・レオナルダ没後300年を記念した演奏会で、ミサ曲第8番のテノールソロを務める等、イタリアにて演奏活動中。
2000年第一回ミラノロータリー財団声楽コンクール古楽部門第1位。
1998年ロータリー財団国際親善奨学金、2000年マルコ・フォデッラ財団奨学金獲得。2002年度文化庁派遣芸術家在外研修員。ミラノ在住。

萩原 潤(バリトン)
東京芸術大学声楽科卒業。同大学院声楽科修了。二期会オペラスタジオ修了。文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルリン留学。ベルリン音楽大学「ハンス・アイスラー」の大学院を最優秀の成績で修了。
伊藤亘行、多田羅迪夫、P.ヴァリザー、H.レー、C.マイヤー、H.ポール、E.ショルツの各氏に師事。歌曲をM.ウルヴァノビッチ女史、また、古楽をP.コーイに師事。
2000年7月、ドイツの「ラインスベルク音楽祭」に出演。500名の中から『セビリャの理髪師』のフィガロに選ばれ、マスコミ各紙に絶賛された。10月には、ブランデンブルク劇場でヘンデルの『クセルクセス』アリオダーテ役に出演し、翌2001年にはオペラ・ガラコンサートに出演しベルリン国立歌劇場管弦楽団と共演、好評を博す。国内においては、2002年7−8月には二期会創立50周年記念『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の大役ベックメッサーで出演を果たし、12月新国立劇場・二期会共催『ナクソス島のアリアドネ』ハルレキン役を好演。05年3月には二期会公演『魔笛』のパパゲーノで出演し、演技、歌唱ともに高い評価を得た。
また、日本滞在時よりバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーとして国内外の多くのコンサートや録音にも参加している。
2000年文化庁派遣芸術家在外研修員。2003年五島記念文化財団オペラ新人賞受賞。ベルリン在住。

小田川 哲也(バス)
東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院修士課程オペラ科修了。二期会オペラスタジオ修了。修了時に優秀賞を受賞。
プッチーニ「ラ・ボエーム」のコッリーネ役でオペラデビュー。モーツアルト「フィガロノ結婚」「ドン・ジョヴァン二」「コジ・ファン・トゥッテ」「魔笛」、ヴェルディ「椿姫」「マクベス」「仮面舞踏会」、ビゼー「カルメン」、ワーグナー「タンホイザー」、ニコライ「ウインザーの陽気な女房たち」など数多くのオペラに出演。
またバッハのカンタータ、受難曲、モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」
ヘンデル「メサイア」、モーツアルト「レクイエム」のバスソロを務めるなど宗教曲を中心にコンサートでも活躍している。
二期会会員。日本声楽アカデミー会員。

益田 弥生(バロック・ヴァイオリン)
大阪音楽大学卒業。モダン・ヴァイオリンを東儀幸、故篠原芙美子、宗倫匡、バロック・ヴァイオリンを若松夏美、大塚まゆみ、寺神戸亮の各氏に師事。また、ヨーロッパ各地の講習会で、F.フェルナンデスに学ぶ。同大学の助手を務めた後、1998年よりミラノ市立音楽院古楽科にてバロック・ヴァイオリンをE.ガッティ、O.チェントゥリーニ、室内楽をL.ギエルミ、L.アルヴィーニ、R.ジーニに学び、2002年卒業。
2001年には、C.ルセ指揮「オーケストラ・アンブロネ」にてコンサート・ミストレスとしてフランス各地で演奏。また、E.ガッティ指揮「アンサンブル・アウローラ」、O.ダントーネ指揮「アカデミア・ビザンティーナ」、A.カーティス指揮「イル・コンプレッソ・バロッコ」などとヨーロッパ各地で演奏。ミラノ在住。

伊左治 道生(バロック・ヴァイオリン)
カンタータ編参照

西澤 央子(バロック・チェロ)
東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学器楽科を卒業。チェロをヴァーツラフ・アダミーラ、三木敬之、レーヌ・フラショの各氏に、またオルガンを鈴木雅明氏、バロック・チェロを鈴木秀美氏に師事。現在、フリーのバロック・チェロ奏者として、日本の主要なバロック・アンサンブルに数多く参加。また初期バロックを得意とするアンサンブル<メディオ・レジストロ>のメンバーとして,5弦のチェロや小型のヴィオローネを用いてバス楽器の可能性を追求している。

西澤 誠治(コントラバス、ヴィオローネ)
札幌市生まれ。東京芸術大学音楽学部卒業、同大学院修了。コントラバスを林雄一、故江口朝彦の各氏に、室内楽を巖本真理弦楽四重奏団に師事。東京シティ・フィル首席奏者を経て、現在、読売日本交響楽団団員。これまでにピアノのパネ・フェビアン・レザ、フォルテ・ピアノの小倉喜久子、ヴァイオリンの篠崎史紀らの共演を得て、数度のリサイタルを行うほか、モーツァルトのバス・アリアを東京シティ・フィル、オーケストラ・シンポシオンなどと共演。また、オリジナル楽器にも造詣が深く、ヴィオローネ奏者としてバッハ・コレギウム・ジャパン、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ、オーケストラ・リベラ・クラシカなどに参加している。

ジャンルーカ・カプアーノ(指揮&オルガン)
1968年ミラノ生まれ。ミラノ国立音楽院でオルガン・作曲・オーケストラ指揮法を学んだ後、上級コースで合唱指揮法、ミラノ市立学校古楽科にて古楽演奏法、典拠研究と記譜法を学ぶ。
ミラノのサン・シンプリチアーノ教会オルガニスト(アーレント・オルガン)。指揮者、オルガニストとして精力的な活動を行う他、通奏低音奏者としても多くのグループと共演。
1997年よりルネッサンスからバロック時代のヨーロッパ音楽をレパートリーとする声楽アンサンブル「イ・マドリガリスティ・アンブロジアーニ」芸術音楽監督。その活動はヨーロッパの様々な古楽誌に取り上げられた他、2003年6月に音楽誌アマデウス、11月にストラディヴァリウス・レーベルからジャコモ・カリッシミの作品を取り上げたCD を発売。ミラノのカリッシミ協会マヌサルディ資料館音楽責任者。
また、イタリアやフランス各地の講習会でポリフォニー音楽を指導。
音楽研究の他に、ミラノ国立大学を理論哲学で卒業。特に音楽美学を専門とし、2002年11月には音楽と文体との関係を哲学的視点から研究した評論「無限的声の記号」をJaca Book社から出版。
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by carissimi | 2005-02-09 00:27 | カリッシミ生誕400周年
ジャコモ・カリッシミ (Giacomo Carissimi )
*生涯

1605年ローマ近郊マリーニ生-74年ローマ没

樽屋の末子として生まれたジャコモ・カリッシミの生涯には不明の点が多い。1623年から25年までにローマのテヴォリ大聖堂の合唱団員、27年まで同大聖堂のオルガニスト、28年から29年にアッシジの聖ルフィーノ大聖堂の楽長などを務めた後、1630年にローマのイエズス会修道士学校のコッレージョ・ジョルマニコ(ドイツ学院)の楽長として呼ばれ、生涯その地位に留まる。
この学校は、16世紀末から反宗教改革の最も重要な拠点のひとつで、その楽長の地位も大変尊敬されていた。彼は、付属する聖アポッリナーレ聖堂で学生や少年聖歌隊の教育や自分の音楽活動に生涯にわたって従事する。 43年にヴェネツィアの聖マルコ大聖堂で、モンテヴェルディの後継者になる話や、その4年後にオランダの統治者ハプスブルグ家のヴィルヘルム大公のブリュッセル宮廷楽長の話など、魅力ある他の職を断っていることから、この学校には満足していたと考えられる。

37年に司祭となり、56年には当時ローマで音楽の重要なパトロンの一人であったスウェーデンのクリスティーナ王女から宮廷楽長の称号を授かった。
楽長や作曲家としてのカリッシミに関する資料はほとんど残っていないが、1650年から60年にかけて至聖十字架オラトリオ会での演奏にカリッシミが頻繁に通っていたという証拠があり、その活動を通じて、オラトリオの祖とされるフィリッポ・ネーリ(1515-95)のオラトリオ会と直接的な関わりを持った。

彼は、大変質素に暮らしており、そのおかげで人に金を貸して利益を得ることが出来た。ローマで職を得た時は資産を持たない職人の子であったが、晩年は裕福に暮らした。


*音楽

現存しているカリッシミ自身による手稿譜は1点しか残されていない。従って、彼の作とされる作品のどれだけが真作であるか判断するのは大変難しい。が、多数残る筆写譜から、彼の作品は、カンタータと呼ばれる世俗的な室内声楽曲とミサ曲やモテット、オラトリオなどの宗教曲に大きく分けられる。

カリッシミは、ルイジ・ロッシに次いでローマにおけるカンタータの発展に大きく貢献した。彼のカンタータの形式は、レチタティーヴォとアリア(ダ・カーポ形式やロンド形式、あるいは有節形式)、アリア、有節変奏、アリオーゾなど多様である。その書法は単純でシラビックであるが、時折歌詞によって特別な和声的効果をもたらした。
やがて、カンタータはこれらのカリッシミの通奏低音のみを伴う自由な形式から、レチタティーヴォとダ・カーポ形式を持つアリアという形式を取り、スカルラッティやストラデッラなどの後継者に受け継がれていく。

カリッシミの作であることが確実なミサ曲は、わずかしか残されていない。それらの多くは、「第7旋法 Missa septimi toni 」のように伝統的な複合唱形式で書かれている。一方「いくつかの歌および5声部と9声部のミサ曲 Missa a quinque et a novem cum selectis quibusdam cantionibus」は、同一リズムの合唱部分とより自由な小編成の部分とが交替する、当時としては新しいミサ・コンチェルタートの形式を取っている。

カリッシミのモテットの大部分は、ミサや晩課などの典礼において歌われただけでなく、修道会の集会やコッレージョ・ジョルマニコなどの私的な宗教音楽として典礼以外の機会にも歌われた。
たいていは少数声部のための作品で、独唱者による演奏に適している。それらのほとんどは、ヴィアダーナやG.F.アネリオなどの作品に見られる短い1楽章で、歌詞の小部分ごとに模倣していく伝統的な模倣技法ではなく、変奏された諸声部やモノディー的な短い独立したフレーズの反復による複雑な構造を持っている。

カリッシミのオラトリオは礼拝堂で聖週間(受難節)の前の時期に演奏するために作曲された。それらに付けられている「オラトリウム Oratorium」あるいは「イストリア Historia」というタイトルは、1640年代に用いられたが、カリッシミ自身がこの用語を用いたかどうかは明らかではない。
それらのテキストは、イタリア語による物とラテン語による物があり、ラテン語オラトリオの多くは主に旧約聖書を題材としている。
彼のオラトリオの大きな特徴は、テスト testo やイストリクス Historicus と呼ばれる語り手の存在である。 これらの歌詞は、何人かの歌手に交互に割り当てられ、時には合唱に割り当てられる。
音楽に関してする特徴は、独唱部分と合唱の対比である。モノディーの部分は言葉のアクセントだけに従い、単語の意味によって感情内容を音楽表現したり、歌詞を際だたせたりするために、モンテヴェルディのレチタティーヴォ形式に見られるように、不協和音や跳躍進行、装飾音などを使用している。
レチタティーヴォとアリア的な部分は、間に移行部を介さず交互に現れる。ここには17世紀後期のオペラに見られるようなレチタティーヴォとアリアの明確な分離はない。
合唱は、瞑想と訓戒と語りの要素として筋の進展を叙情的に描写し、作品を高揚させる役割を持ち、作品設計に不可欠と言える。その単純な和声と正確なリズムを持つホモフォニックな書法によって、歌詞が明確になっている。
彼のオラトリオでは、それまでの例えばカヴァリエーリの代表作「霊と肉の劇」(1600)のように、登場人物が次々舞台に登場して、モノディー風にドラマを演じるという宗教的オペラの性格を持つ物ではなく、目に見える舞台や衣装を持たずに純粋に演奏会形式で、聞き手の想像力に訴えかけながら歌い手はどんな役割も自由に演じた。より音楽という手段で信仰を信者たちに近づきやすいものとし、反宗教改革の精神にのっとった新しい宗教音楽のレパートリーを作りたいと考えていたイエズス会の目的を満足させた。

こうしてオラトリオは確立され、その劇的な表現力はイタリアのみならず各国で独自の発展を見ることになった。
楽長や教師としての活動により、彼の音楽はチェスティ、A.スカルラッティやステッファーニら後生の音楽家によって受け継がれる。また聖アッポリナーレ教会のオルガニストであったG.P.コロンナは楽長カリッシミから学び、後にボローニャでの長年に渡る指導により、ボローニャにおける宗教音楽の発展をもたらした。
フランスでは、カリッシミに1650年代初期に3年間学なんだとされるマルカントワーヌ・シャルパンティエが、その音楽様式を母国に伝えた。カリッシミの死後、ラテン語オラトリオを書いたのはシャルパンティエひとりであった。
イギリスではのちのヘンデルのオラトリオにも影響を与えることになる。
また、ドイツではオラトリオの一変種である、キリストの受難の物語をテキストとする受難曲(パッション)の発達を促すことにもなった。


*代表作品

いくつかの歌および5声部と9声部のミサ曲 Missa a quinque et a novem cum selectis quibusdam cantionibus
ミサ「高き舟端より船綱を解き Sciolto havean dall'alte sponde」
オラトリオ「エフタ Jepfte」「Jonas ヨナ」
     「ソロモンの裁き Judicium Salomonis」
教会コンチェルト集 Sacri concerti musicali
モテット「主に向かって歌え Cantate Domino」
    「エレミアの哀歌が始まる Incipit Lamentatio Jeremiae」
カンタータ「安んじたまえ、我が心 Consolati, cor mio」
     「マリア・ディ・スコーツィアの嘆き Il Lamento di Maria di Scozia」                                             
     「おお、今はただ泣きたまえ Piangete, ohime' piangete」
     「私の命を奪っておくれ Toglietemi la vita」
     「勝利だ、我が心 Vittoria, mio core」
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by carissimi | 2005-02-09 00:25 | カリッシミ生誕400周年