カテゴリ:水の都の聖母マリア( 3 )
「水の都の聖母マリア」プログラム
水の都の聖母マリア
2006年8月1日 イタリア文化会館アニェッリ・ホール

【プログラム】
1.Ave Maris Stella (アヴェ・マリス・ステッラ・C )         
3声、2Vn、Bc
2.Sancta Maria(サンクタ・マリア・M )                
2声、Bc
3.Ave Regina Celorum(アヴェ・レジーナ・チェロールム・C )
2声、Bc
4.Salve Regina(サルヴェ・レジーナ・M )              
3声、Bc
5.Magnificat(マニフィカート・C )                 
6声、2Vn、Bc
6.Sonata a 3(3声のためのソナタ・C )               
2Vn、Vlc、Bc
7.Salve Regina(サルヴェ・レジーナ・M )              
1声、2Vn、Bc
8.Salve Regina(サルヴェ・レジーナ・C )              
4声、2Vn、Bc
9.Gloria(グローリア・M )                          7声、2Vn、Bc
* C = カヴァッリ作曲、M = モンテヴェルディ作曲


【出演者】
指揮&オルガン:ジャンルーカ・カプアーノ
ソプラノ:櫻田 智子(2,5,9)、穴澤 ゆう子(2,4,5,9)
カウンターテナー:彌勒 忠史(1,4,5,8,9)
テノール:櫻田 亮(3,5,7,8,9)、谷口 洋介(1,5,7,8,9)
バス:萩原 潤(1,3,9)、小田川 哲也(4,5,8,9)
バロック・ヴァイオリン:荒木 優子、佐藤 泉
テオルボ:櫻田 亨
バロック・チェロ:西澤 央子
ヴィオローネ:西澤 誠治


【神の母マリア — マリア賛歌】
 「アヴェ・マリア」。キリスト教徒が幾度となく繰り返すこの祈りの言葉によって、マリアは世界で人の口にのぼることの最も多い女性名であろう。
 新約聖書に出てくるマリアの記述はきわめて短く少なく、このマリアの生涯についてはほとんど知られていない。にもかかわらず、賛美歌集において聖母が占める場所はきわめて多く、マリア昇天の日(8月15日)、マリア誕生の日(9月8日)、聖母受胎祭(12月8日)などマリアを偲ぶ祭りの日は1年間にたくさんある。また、マリアの巡礼地や顕現の話、聖母マリアが主題になる絵画や音楽などは他の聖人に比べて極めて多い。
 このイエス・キリストの母、マリアをカトリック教徒たちは<神の母、聖マリア>と呼び、何世紀もの間崇めてきた。教会や家庭以外に、聖母マリアの祭壇画や彫刻は路傍にも橋の上にも立ち、人々の生活を見守り、また教徒たちはそれらに花や蝋燭を手向け敬ってきた。
 しかし、キリスト教の歴史の中で、このマリア崇拝、またマリアに与えられた<神の母>という称号について、神学的な論争がなかったわけではない。
 <神の母、聖マリア>。これは、キリスト教会が始まって以来、最初にマリアに与えた称号であり、エジプトのアレクサンドリアをはじめとする東方正教会各地において、すでに紀元400年頃にはかなり普及していたと考えられる。しかし、コンスタンチノープルの司教ネストリウス(?~451頃)は、神と人間の要素がキリストの中で混合されることを恐れ、「マリアを<キリストの母>と呼んでも<神の母>と呼んではならない」との主張に対し、キリスト教がミラノ勅令で公認されてからほぼ1世紀後の431年、エフェソ(現トルコ西部)の巨大なマリア聖堂に集合したキリスト教高位の司教一同は、伝統的な神学に基づいて「インマニュエルは真の神である。したがって、聖マリアを<神の母>と認めぬ者がいるなら、その者を破門する。」と宣言した。もし、マリアが永遠に存在する神の御子キリストの母親であるならば、マリアはその存在の最初の瞬間から、すでに神の母として選ばれた者であったに違いない。神から神の母に選ばれたマリアは、キリストを生むべく選ばれたことでキリストを介して神とされた。
 エフェソの会議でマリアを<神の母>と定めたことを機に、西方教会ではもっとも重要なローマのマリア寺院サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂をはじめ、マリアをキリスト教における最大の守護聖者とし、その名をつける教会が多くなっていった。
 そして、16世紀に宗教改革が始まるとトレント公会議(1545-63)で、プロテスタント(改革派)が「聖書のみを信仰のよりどころ。マリアはごく平凡な悩める女性であり、そうしたマリアが神の子を授けられたのは、神の偉大な恵みであったからである」と主張するのに対して、カトリック教会は、「マリアは人のうちでも最も気高く清らかな存在、神と人との仲立ちをする、選ばれた存在である」という見解を崩さず、カトリック教会において伝統的に行われてきた聖人や聖遺物の崇拝を支持した。崇拝の対象として最も重要だったのは、聖母マリアである。
 一般に歴史的に見ると、マリアはキリスト神にたいし代願し、取りなしを頼まれる神(またはキリスト)と人間のあいだの仲介者的な存在であり、人間に慰めと励ましを与えてきた。 
 こうして、賛美歌の中では聖母マリアに捧げる賛歌が特に多く、修道院や聖職者のみならず一般庶民のあいだでも、教会で制定したマリア賛歌ではなく民衆のなかで愛誦されたマリアへの一種の宗教歌が歌われていた。そして、多くの作曲家がマリアを題材にした数々のモテットや『スタバト・マーテル(十字架の下でのマリアの哀しみを描くもの)』を書いた。
 これら聖母に捧げられた賛歌の中には、<神の母、マリア>を称える言葉が、<海の星><純潔の女王><天のお后様><神の玉座><光の母><聖処女><神の母なる処女><聖化の箱舟><真理の母><純潔のゆり><神の美しい城>など多様に見られる。
 本日は、モンテヴェルディとカヴァッリによるこれらのマリア賛歌を集め、演奏する。

 『アヴェ・マリス・ステッラ(幸いなるかな、海の星)』は、マリア賛歌の中で最も人気のあるものである。9世紀に生まれたこの聖歌では、マリアを<海の星><神を育てた母親><永遠の処女><天の門>と称え、マリアは、人生の困難な航海におけるキリストの道へ導く星として祈願される。モンテヴェルディも『聖母マリアの夕べの祈り』の中でこの聖歌を取り上げている。
 『サンクタ・マリア(聖なるマリア)』は、西暦600年頃に語り継ぎ伝えられていた「聖母マリアのリタニア」の聖歌で、この曲の中ではその一節が繰り返し現れる。この旋律は、モンテヴェルディの『聖母マリアの夕べの祈り』にも用いられている。
 『アヴェ・レジナ・チェロールム(幸いなるかな、天のお后様)』は、聖母マリアのアンティフォナのひとつで、聖務日課の中の曲である。この聖歌は、主に復活祭から40日間前の四旬節(プロテスタントでは受難節)の期間に歌われる。この聖歌の最古の写本は12世紀で、作者不明。
 『サルヴェ・レジーナ(めでたし女王よ)』も聖母マリアのアンティフォナのひとつで、第一回の十字軍に参加したピュイの司教アデマールの作と伝えられる。伝承によれば、彼は十字の旗をひるがえし、この歌を口ずさんで十字軍を先導し、1098年アンティオキヤで死んだという。この聖歌には多くの作曲家が曲を付けている。モンテヴェルディは今回演奏するソロと3重唱の他にも、この題材で2曲のソロと2重唱を書いている。なお、本日の7曲目の『サルヴェ・レジーナ』は、『Audi Coelorum アウディ・チェロールム』の歌詞が加えられている。この歌詞は、モンテヴェルディの『聖母マリアの夕べの祈り』にも登場するが、それと同様にテノールソロによる技巧的なメリスマを第2テノールがエコーで応える。これは、17世紀初頭イタリア音楽に頻繁に用いられ、モンテヴェルデイが得意とした手法である。
 『マニフィカート』(ルカ第一章45-55節)は、従姉で洗礼者ヨハネの母であるエリザベトからマリアの胎内に神の子が宿っていること知ったマリアが、神への喜びをあらわした預言的賛歌で、カトリックのみならずプロテスタントでも繰り返し作曲され、主にクリスマスに演奏された。
 ミサ通常文に属する『グローリア』は、神の栄光を賛える祈りで、既に4世紀にはシリアやギリシャで唱えられていた。ローマでは6世紀初め、それまではクリスマスの時だけに限られていたこの賛歌を、毎日曜日と聖人の祝日に祈るようになり、7世紀には今日のような形でミサの中に定着したといわれている。『グローリア』だけを独立した作品として作曲される事も多く、モンテヴェルディはこの『7声のグローリア』以外にも、『8声のグローリア』も作曲している。

【ヴェネツィアの二大作曲家】
 水の都、ヴェネツィア。アドリア海の奥に浮かぶラグーネ(浮島)のこの土地は、当時パドヴァやヴェローナなどイタリア東北部からアドリア海東部の沿岸地域、ギリシャの一部、地中海のクレタ島やキプロス島をも所有する共和国の都であった。中世以来地中海貿易の拠点となり、一大地中海国家として16〜17世紀においても開放的で華麗な市民生活がいとなわれていた。
 この地中海貿易による富により、手工業、製紙業や出版業が栄えた。とくに、印刷業においては、16世紀初頭ヴェネツィアには65もの出版社が存在しており、これはローマの3倍、フィエレンツェの6倍にあたる。
 このような東方文化との交流と開放的な社会は、宗教と音楽の世界にも多くの影響を与えた。
 通常、ローマ・カトリック教会の支配下にある主要都市の大聖堂というものは、その地域の宗教上の最高権威者である大司教によって管轄される司教座聖堂であったが、このヴェネツィア第1の教会であるサン・マルコ大聖堂には司教座聖堂ではなかった。ヴェネツィア共和国はもともと政教分離の伝統があり、聖職者が政治に介入するのを拒んできた。
 東西文化の接点であったヴェネツィアのこの大聖堂は、独特の建築構造を持ち、それがこの聖堂特有の音楽様式を生み出した。
 西欧の教会建築が原則として横軸に対して縦長が長いラテン十字型であるのに対し、この大聖堂は縦横の長さが等しいギリシャ十字型を持つビザンティン様式の聖堂である。この構造では、通常の位置に聖歌隊を配置する事ができず、両袖廊に分けて配置し、オルガンも2台両側に設置した。1527年にサン・マルコ大聖堂の楽長に就任したフランドル出身のアドリアン・ヴィラールトは、この構造を生かし、二重合唱を導入した。コーロ・スペッツァーティ(複合唱)と呼ばれるこの技法は、さらに声部の数が増え、全体の構成も拡大しながら、チプリアーノ・デ・ローレやジョヴァンニ・カブリエーリ、クラウディオ・モンテヴェルディ、フランチェスコ・カヴァッリなどサン・マルコ大聖堂の歴代の楽長によって受け継がれていく。
 1567年に北イタリアのクレモナで生まれたモンテヴェルディは、マントヴァ公の宮廷楽長を経て、1613年にサン・マルコ大聖堂の楽長に就き、ヴェネツィア音楽の最も華やかな時代のひとつを築き上げた。ルネッサンスとバロックの両時代の変化期に活躍した彼は、ルネッサンスの伝統的なポリフォニックな手法である第一様式から、旧来の規則から解放された新しい響きの対位法である第二様式を区別し、その可能性を広げた。楽器まで含めて歌詞の内容に込められた感情を音楽的に表現する大胆な手法は、新しいバロック音楽の基礎を築くことになる。
 一方、カヴァッリはクレモナ近郊の1602年にクレーマに生まれ、サン・マルコ大聖堂の聖歌隊からオルガン奏者を経て、モンテヴェルディの二代後、1668年に楽長に就任した。彼は、聖堂の楽長である以外に、17世紀半ばのヴェネツィアにおいて公設歌劇場が発達するうえでも、最も影響力のある作曲家であった。


【演奏者プロフィール】
Gianluca Capuano (ジャンルーカ・カプアーノ) 指揮&オルガン
ミラノ国立音楽院でオルガン・作曲・オーケストラ指揮法、合唱指揮法、ミラノ市立学校古楽科にて古楽演奏法、典拠研究と記譜法を学ぶ。指揮者、オルガニスト、通奏低音奏者として精力的な活動を行う。’97年より声楽アンサンブル「イ・マドリガリスティ・アンブロジアーニ」芸術音楽監督。’03年に音楽誌アマデウス、ストラディヴァリウス・レーベルからカリッシミのCD を発売。’05年からは彼自身のグループ「イル・カント・ディ・オルフェーオ」を設立し、ヨーロッパ各地でコンサートを行う他、ヴィヴァルディやカリッシミのCD を録音。ミラノのサン・シンプリチアーノ教会オルガニスト。ミラノのカリッシミ協会マヌサルディ資料館音楽責任者。音楽研究の他に、ミラノ国立大学を哲学で卒業、音楽と文体との関係を哲学的視点から研究した評論を出版。

櫻田 智子 (さくらだ ともこ) ソプラノ
東京芸術大学声楽科卒業、同大学院修了。平野民子、平野忠彦の両氏に師事。アルトとしてモーツァルトのオペラ等を歌う他、「バッハ・コレギウム・ジャパン」のCD録音や国内外のコンサートに参加。’98年よりイタリアにて、イタリアバロック音楽をR.インヴェルニッツィ、G.バンディテッリ、R.ジーニの各氏に学ぶ。’01年よりソプラノに転向。S.バレストラッツィ、O.ダントーネら各氏の指揮のもと、モンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り』、ヴィヴァルディ『グローリア』、バッハ『マニフィカート』等のソロを歌う。’02年イタリア・ヴィニョーラ国際音楽コンクール古楽声楽部門入賞。ボローニャ在住。

穴澤 ゆう子 (あなざわ ゆうこ) メゾ・ソプラノ
東京芸術大学卒業。同大学院オペラ科修了。二期会オペラスタジオ優秀賞受賞。’90-‘20年「バッハ・コレギウム・ジャパン」のメンバーとして国内外のコンサートツアー、CD録音に参加。‘00年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてオランダ・アムステルダムへ留学。アムステルダム音楽院においてバロック期の歌唱法をP.コーイ、M.V.エグモントの両氏に師事した。’02年に帰国後は宗教曲等のソリストとして数多くのコンサートに出演する他、二期会公演R・シュトラウス『ばらの騎士』、モーツァルト『皇帝ティトの慈悲』等のオペラ公演に出演し活動の幅を広げている。二期会会員。


彌勒 忠史
 (みろく ただし) カウンターテナー 千葉大学大学院修了。東京藝術大学声楽科卒業。現在同科助手。学習院生涯学習センター講師。1996-99年バッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーとして活動。’99年よりイタリア政府奨学生として渡伊。ロム・アルメ古楽協会主催オーディションにて優勝。イタリアを中心に、国内外の劇場、ホールにてリサイタル、オペラ、音楽祭に出演。また、ボローニャ大学DAMSにて演出学を学んだ後、オペラ・演奏会の演出を手がける。トロヴァトーリ・レヴァンティ主宰。バル・ダンツァ文化協会創設会員。’01-‘03年イタリア国立G.フレスコバルディ音楽院講師。日本演奏連盟会員。


櫻田 亮
 (さくらだ まこと)テノール 東京芸術大学声楽科卒業。同大学院修了。’97年よりイタリアに留学。声楽を平野忠彦、G.ファッブリーニ、W.マッテウッツィ、G.バンディテッリの各氏に師事。W.サヴァリッシュ、T.コープマン、S.クイケン、O.ダントーネ、A.フローリオ、鈴木雅明等の各氏の指揮で数多くの国内外のオーケストラと共演。イタリア各地でモンテヴェルディ『ウリッセの祖国への帰還』に出演した他、国内では、二期会『チェネレントラ』、新国立劇場『魔笛』、サントリーホールオペラ『トゥーランドット』等に出演。第27回イタリア声楽コンコルソ・シエナ大賞受賞。’02年ブルージュ国際古楽コンクール第2位(声楽最高位)。’99年度文化庁派遣芸術家在外研修員。ボローニャ在住。


谷口 洋介 (たにぐち ようすけ)テノール
国立音楽大学声楽科卒業。声楽を宮崎義昭、中村健、大石正治、ヒサコ・タナカ、J.エルウィスの各氏に師事。’98年以来「バッハ・コレギウム・ジャパン」のメンバーとして国内外の数多くの演奏会やCD録音に参加。’99年BCJ演奏のモンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り』でソロデビュー。’00年イタリアへ短期留学。’01年帰国後、第19回室内楽音楽コンクール・ソレイユ新人オーディションで声楽部門第1位ならびに総合で最優秀賞を獲得。’01年音楽現代新人賞受賞。「ラ・フォンテヴェルデ」「コントラポント」「トロヴァトーリ・レヴァンティ」メンバー。

萩原 潤 (はぎわら じゅん) バリトン
東京芸術大学声楽科卒業。同大学院声楽科修了。文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルリン留学。ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学の大学院を最優秀の成績で修了。ベルリン、ラインスベルク、ハイデルブルクなどドイツ国内のみならずヨーロッパ各地においてオペラ、コンサートに出演。また、国内ではバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーとして国内外の多くのコンサートや録音にも参加する他、二期会『ニュルンベルグのマイスタージンガー』や『魔笛『等に出演。’03年、五島記念文化財団オペラ新人賞受賞。伊藤亘行、多田羅迪夫、H.レー、E.ショルツの各氏に師事。また、古楽をP.コーイに師事。東京芸術大学非常勤講師。

小田川 哲也 (おだがわ てつや)バス
東京芸術大学声楽科卒業。同大学院オペラ科修了。プッチーニ作曲『ラ・ボエーム』のコッリーネ役でオペラデビュー。モーツァルト『フィガロの結婚』、『コシ・ファン・トゥッテ』、『ドン・ジョヴァンニ』、『魔笛』、ヴェルディ『椿姫』、『マクベス』、『仮面舞踏会』、ビゼー『カルメン』、ニコライ『ウィンザーの陽気な女房達』など数多くのオペラに出演。またバッハのカンタータや受難曲、モーツァルト『レクイエム』、モンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り』など、宗教曲を中心にコンサートでも活躍している。日本声楽アカデミー会員。二期会会員。

荒木 優子(あらき ゆうこ)バロック・ヴァイオリン
桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部卒業。卒業演奏会に出演。同大学研究科修了。’97年、桐朋学園オーケストラと共演。’98年、文化庁より派遣され、トルコ・イスラエルでのコンサートに出演。第45回全日本学生コンクール奨励賞受賞、第10回川崎音楽賞コンクール第3位、および第7回日本モーツァルトコンクール入賞。ヴァイオリンを辰巳明子氏に、バロック・ヴァイオリンを若松夏美氏に師事。「バッハ・コレギウム・ジャパン」「オーケストラ・リベラ・クラシカ」「アンサンブル・ヴィンサント」「トロヴァトーリ・レヴァンティ」など、数多くの古楽アンサンブルのメンバーとして活動している。

佐藤 泉 (さとう いずみ)バロック・ヴァイオリン
’94年よりブリュッセル王立音楽院にてバロック・ヴァイオリンをS.クイケン、F.フェルナンデスに師事。’96年NHK・FMに出演。’99年バロック・ヴァイオリンの栄誉賞付ディプロマを取得。室内楽をB.クイケン、A.ジェルヴロー、H.スティンダースに、音楽哲学をP.V.ヘイヘンの各氏に師事。「バッハ・コレギウム・ジャパン」「レ・ザグレモン」「ラ・プティット・バンド」などで活動。東京藝術大学音楽学部古楽科非常勤助手。

櫻田 亨(さくらだ とおる)テオルボ
日本ギター専門学校でギターを学んだ後、デン・ハーグ王立音楽院でリュートを佐藤豊彦に師事。リュート、テオルボ、ビウエラ、バロックギター、19世紀ギターといった各種の撥弦楽器に堪能であり、時代やその音楽にふさわしい楽器を的確に使い分けている。また、すべての弦にガット弦を用いて歴史的な楽器の表現力を引き出す演奏スタイルは、日本ではまだ数少なく、非常に興味深いものである。ソリストとしての活躍とともに、通奏低音奏者として、共演者の意図を十分に汲み取って盛り立てる柔軟な音楽性は、多くの演奏家からの信頼を集めている。「ルストホッファース」「ムジカ エランテ」メンバー。’06年10月WAONレコードよりリュートソロCDリリース予定。

西澤 央子 (にしざわ なかこ) バロック・チェロ
東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学器楽科を卒業。チェロをV.アダミーラ、三木敬之、L.フラショの各氏に、またオルガンを鈴木雅明氏、バロック・チェロを鈴木秀美氏に師事。現在、フリーのバロック・チェロ奏者として、日本の主要なバロ?・オーケストラに数多く参加。また初期バロックを得意とするアンサンブル「メディオ・レジストロ」のメンバーとして,5弦のチェロや小型のヴィオローネを用いてバス楽器の可能性を追求している。’02年、17世紀のイタリア、スペイン音楽を収録したCD<メディオ・レジストロ>をリリース。

西澤 誠治 (にしざわ せいじ) ヴィオローネ
札幌市生まれ。東京藝術大学音楽学部卒業、同大学院修了。コントラバスを林雄一、江口朝彦の各氏に、室内楽を岩本真理弦楽四重奏団に師事。東京シティ・フィル首席奏者を経て、現在、読売日本交響楽団団員。オリジナル楽器にも造詣が深く、ヴィオローネ奏者として「バッハ・コレギウム・ジャパン」「東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ」「オーケストラ・リベラ・クラシカ」等、日本の主な古楽アンサンブル、オーケストラのコンサート及びレコーディングに数多く参加。
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by carissimi | 2006-08-05 23:59 | 水の都の聖母マリア
「水の都の聖母マリア」終了
「水の都の聖母マリア」お蔭さまで無事終了いたしました。お忙しい中、ご来場下さった皆様、ありがとうございました。
 当日は、長引く梅雨か、あるいは梅雨が明けて猛暑になるか、と懸念しましたが、直前に梅雨が明けたにもかかわらず、暑すぎず雨も降らず、大変心地よい気候でした。毎日35度を超える猛暑続きのイタリアから来日したカプアーノ氏は、日本のこの涼しい気候と冷房に「もうイタリアに帰りたくない」と仰っていました。
 コンサートでは、昨年に引き続き、カプアーノ氏の指揮の下、演奏家一同大変貴重な経験が出来ました。彼は、イタリア人の中ではどちらかというと北ヨーロッパ的なアプローチをするのですが、それでもやはり情熱的でした。
 それにしても、仲の良い友達と大好きな音楽を演奏できるって、なんて楽しいのでしょう!今回の出演者もほとんど学生からの付き合い、あるいはBCJの仲間達で、プライヴェートでも大変仲良くしている仲間<Carissimi Amici> です。なかなか音楽的にも性格的にも合う人たちと演奏できることって難しいのです。今回は、「カプアーノ氏とならぜひ!」と、出演料もただ同然なのにスケジュールを無理してまで協力してくれました。感謝、感謝!これもカプアーノ氏の音楽性と人柄が素晴らしいからこそです。カプアーノ氏も我々と演奏することを喜んでくれて、「来年は何をする?」とか「グループの正式な名前を作ろう!」と仰っていました。確かに名前付けようかなぁ。。。
 皆様からのアンケートにも、イタリア・バロック音楽の他の作品や作曲家の演奏を望まれている声がありましたので、今後も様々な形で生のイタリア・バロック音楽をお届けする機会を作りたいと思います。
 というわけで、実は来年はモンテヴェルディの「オルフェオ」初演400周年、また、ドメニコ・スカルラッティ没後250周年で、世界的にもイタリア・バロック音楽界は賑やかになりそうです。そして、もちろん私もますますパワー・アップした企画を考えています。が、経済的な理由でまだ決定していません。決定次第公表いたします。やはりなんと言っても先立つものが。サマージャンボ当たらないかなぁ。。。
 冗談はともかく(冗談ではないけど)、今回のコンサートの成功は、当日お忙しい中ご来場下さったお客様、スケジュールを無理して来日してくれたカプアーノ氏、素晴らしい演奏をしてくれた共演者達、私の細かい注文を快く聞いてくれたスタッフ、初めて貸しホールとしてホールを提供してくださったイタリア文化会館、そして神経質になっている私を温かい目で見守って協力してくれた家族のおかげです。皆さんにこの場を借りてお礼申し上げます。
 
 ちなみに、当日いらっしゃれなかった方は、ぶらぼお音楽配信サイト「Bravissimo」で配信されていますので、ぜひお聴きください。


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(リハーサル風景)
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by carissimi | 2006-08-05 23:40 | 水の都の聖母マリア
ジャンルーカ・カプアーノ氏再来日公演
皆様、こんにちは。大変ご無沙汰しておりました。すっかり更新を怠ってしまいましたが、久々に更新します。と言うのも、昨年カリッシミ生誕400周年記念コンサート「オラトリオ編」で指揮をして下さったジャンルーカ・カプアーノ氏が、この夏再来日される事になり、昨年のコンサートの際にお客様からも出演者からも「ぜひまた!」という声が多かったので、急遽コンサートを行う事にしました。

今回は、「水の都の聖母マリア」と題して、初期バロック時代のヴェネツィアの二大作曲家であるクラウディオ・モンテヴェルディとフランチェスコ・カヴァッリの「聖母マリア」に関する曲を演奏いたします。
モンテヴェルディに関しては、今更多くを語る必要のない作曲家ですが、カヴァッリはまだ日本でもあまり知られていない作曲家でしょう。彼は、ヴェネツィアの聖マルコ大聖堂の楽長としてモンテヴェルディの後を継ぎ、宗教曲作品においては聖マルコ大聖堂の伝統的音楽形態である器楽伴奏付き「コンチェルタート様式」に従っています。また、オペラの作曲家としても、ヴェネツィアの劇場のために30曲近くの作品を書き、ヴェネツィアでのオペラの地位確立とイタリア各地への普及に重要な役割を果たしました。オペラも宗教曲も決してモンテヴェルディに引けを取らない素晴らしい作品です。

今回の公演は、九段にあるイタリア文化会館のアニエッリ・ホールで演奏いたします。ここは、皆さんもご承知の通り、昨年秋に改築されて以来、景観論争を呼んでいる建物ですが、この館内にあるホールはコンサートだけでなくイタリア文化に関する講演会やシンポジウムなどのために作られました。しかし、コンサートホールなみの素晴らしい音響と雰囲気を兼ね備えています(革製の客席もなかなかの座り心地です)。

ところで、このイタリア文化会館の景観論争、外壁にある「赤色」が問題で、近所の住民による塗り替え要求の署名まで集められたとか。よっぽど奇抜な色なのか、と思いきや、日本の寺院などに見られる明るい「朱色」ではなくむしろ「あずき色」。何度か足を運びましたが、そんなに周りの建物と違和感があるとは思えませんでした。むしろ、近くの九段下交差点にある「昭和館」の奇妙な建物の方が、横のクラシカルな九段会館や武道館らの雰囲気を壊しているのでは???思っていたところ、数日前の新聞によると、問題となっている外壁は、私が普段出入りして見ていた正面玄関側でなく反対側の千鳥が淵との景観の問題との事。写真を見ると、外壁のなかでかなりその「赤」の割合が多く、確かに目立っています。これが、千鳥が淵の緑と合わないのだそうな。
しかし、このあずき色的な「赤」、私が住むボローニャでは至る所で見られます。役所や学校、図書館、美術館などの公共の建物の窓枠やカーテン、市内バス、公衆電話のボックス、ごみ入れ、などなど。グレーやベージュの建物にマッチして、大変落ち着いたボローニャの独特の雰囲気を作っています。なので、このイタリア文化会館の色も、きっとイタリア人にとっては大して奇抜な色ではないのでしょう。

余談ですが、イタリアに住み始めて感心した事のひとつに、イタリア人の色彩センス。お店のショーウィンドウのディスプレイや服の色の組み合わせ、またバスや電車のシートの色など、「こんな色の使い方、組み合わせがあるのか!」と感心する毎日です。夏のこの時期、男性のファッションで良く見られるのは、それこそあずき色のズボン。イタリア人の男性は全員この色のズボンを持っているのではないかと思われほど、若者から年配までほとんどの年代の男性が着ています。しかも、この時期はその上に白無地や白と青のストライプなどのシャツを胸を大きく開け、シャツの裾をズボンの上に出してルーズに着、素足で白いスニーカーやローファーを履く、というのが定番のようです。これが日焼けした肌に良く似合い、とってもセクシー。一度主人にも「こういう色、履いたらぁ〜。」と言ってみたところ、「こんな派手な色、恥ずかしくて着れるかっ。」と一言。やはり、この色は日本人にとっては派手な色なのでしょうか。。。
でも、私は「髪や目の黒い東洋人ほど派手な色が似合う」と思っています。大学院の頃、春休みを利用して、語学研修のためにフィレンツェで1ヶ月間初めて「イタリア生活」をした時の事。3月8日のミモザの花を女性に贈る「女性の日」が終わると、冬のセールもピークを過ぎ、お店のショーウィンドウは一斉に春色の服が並び、色彩豊かになるのです。そこで、私もイタリア人が良く着ている薄いグリーンや水色、薄紫などのの服を買ってみようかといくつか試着したのですが、なんだか雰囲気が違います。そこで、ちょっと目に入ったオレンジのブラウスを「派手かも?」と迷いながらも手にすると、一緒にいたイタリア人の友達が「日本人は目も髪も黒いから、こういうはっきりした色は似合うわよ」と一言。この言葉に後押しされて、購入しました。確かに金髪や栗色の髪には薄いパステルカラーの服が似合いますが、黒髪にははっきりした色が似合うかも。そして、この派手なブラウスを着て帰国した私が目にしたものは。。。街を行き交う暗い色の人、人、人。新学期開始の4月頭という事もあって、駅の階段の上から下を見ると、黒い髪、紺やグレーのリクルートスーツでとても暗い印象を受けました。それ以来、「黒髪の東洋人こそ明るいはっきりした色を着るべき」と実感し、赤や真っ青、オレンジ、緑などの服を選ぶようになりました。たとえ周りから「派手ねぇ」と言われようとも。

日本は街に看板やネオン、外壁など、建物にいろんな色が使われていますが、イタリアの建物はグレーやベージュ、茶色、白など薄い色のみ、看板もネオンもありません。なので、逆に街行く人々の服の色や車の色がとても際立って美しく見えるのです。このような環境でイタリア人の色彩感覚は培われたのではないでしょうか。

古い建物が多く残るイタリアこそ景観規制が厳しいのですが、京都や奈良など、古都の美しい古い町並みが壊されている日本で、このイタリア文化会館のような景観問題は、「今さら。。。」という気もします。ともかく早く解決されるといいですね。

という訳で、すっかり余談が長くなってしまいましたが、今回はぜひ、モンテヴェルディとカヴァッリの音楽とともに、このホールもお楽しみに!

余談ついでですが、このアニェッリ・ホールで行われるお薦めのコンサートをひとつご紹介。6月18日にナポリのグループ「カペッラ・デッラ・ピエタ・デ・トゥルキーニ」のコンサートが行われます。アントニオ・フローリオ率いるこのグループは、主に16〜18世紀のナポリ音楽を演奏しています。日本にぜひとも紹介したい演奏団体のひとつで、主人も何度か共演していますが、その演奏の完成度と独創性は世界でもトップレベルです。看板テノールのジュゼッペ・デ・ヴィットーリオの名唱(名演?)も聴きものですし、イタリアの様々なグループで演奏されている日本人ヴィオリニストの益田弥生さんも出演されます。お時間のある方はぜひ一度「生演奏」を聴いてみて下さい。


水の都の聖母マリア

日時:2006年8月1日(火)18:30 開場、19:00開演
場所:イタリア文化会館アニェッリ・ホール
曲目:クラウディオ・モンテヴェルディ (1567-1643)/サルヴェ・レジーナ、サンクタ・マリア、グローリア
フランチェスコ・カヴァッリ (1602-1676)/3声のためのソナタ、サルヴェ・レジーナ、アヴェ・マリア・ステッレ、マニフィカート
など
出演者:ジャンルーカ・カプアーノ(指揮&オルガン)
櫻田智子(ソプラノ)、穴澤ゆう子(メゾ・ソプラノ)、彌勒忠史(アルト)、櫻田亮・谷口洋介(テノール)、萩原潤・小田川哲也(バス)
荒木優子・佐藤泉(バロック・ヴァイオリン)、櫻田亨(テオルボ)、西澤央子(バロック・チェロ)、西澤誠二(ヴィオローネ)

チケット:前売り4.500円、当日5,000円

マネージメント:アルケミスタ 03-3901-1573(平日10-18)

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by carissimi | 2006-06-10 00:43 | 水の都の聖母マリア